カテゴリ:気になる曲( 2 )
偉大なる先人へ敬意を表して・・・そして心あらたに
交声曲「海道東征」は、1940年に「皇紀2600年奉祝行事」のために作られたものです。北原白秋の詩に信時潔が曲をつけたものです。彼らが描き出したのは、「諸紀」の伝える「皇紀元年」の頃の日本の姿で、神話は次のように説いています。

「世界のはじめ、天にはまず無形で言葉だけを発する神々が、ついで姿を持った男神のイザナギと女神のイザナミが現れた。この男女一対の神は交合し、まだ泥の海だった世界に日本の国土を生み落とし、またたくさんの有形の神々を産んだ。
その子供たちのうち、女神で太陽神のアマテラスは高天原と呼ばれる天界を司り、男神のスサノヲとその末裔が、地上を支配することとなった。が、地上は善神悪神入り乱れて、なかなか治まらず、しかもアマテラスはマサカツアカツカチハヤビアメノオシホという神に地上の権力を渡したいと願っていた。その神は、かつてアマテラスとスサノヲの姉弟が高天原で神々への誓約の儀式をしたとき、アマテラスの持ち物にスサノヲが生気を吹き込むことで生まれ、その後、アマテラスの子として高天原で過ごしていた神だった。
そこでアマテラスは使者を送って、スサノヲの子で、そのとき地上を統べていたオホクニヌシに権力委譲を承知させたうえ、マサカツアカツカチハヤビアメノオシホを地上に送ろうとしたが、彼は自分の子、ヒコホノニニギこそその役目に相応しいと主張し、結局その願い通りヒコホノニニギが地上の高千穂に降り、やがてその子、ヒコホホデミに代がわりする。そして、そのまた子供のカムヤマトイハレヒコの時代、その周囲に政治的議論が持ち上がる。アマテラスの命に従い、この国の正統な支配者として地上に降りてきた自分たちの居場所が西端の高千穂なのはおかしい、伝え聞く大和というこの国の真ん中の土地に早く移るべきだというのである。
そこでカムヤマトイハレヒコは軍団を率いて船で東を目指し、途中、随所に立ち寄って宮殿を造営しながら、豊後水道から瀬戸内海を進み、現在の大阪あたりに上陸する。このあと彼らは神に歯向かう悪者や動物たちと死闘を繰り広げつつ、ついに大和の地に至る。そこでカムヤマトイハレヒコは新しい国造り宣言をし、初代天皇となった。」

交声曲「海道東征」では、この物語のうち、主としてカムヤマトイハレヒコの軍団が九州南部を出発し、海路を経て大阪付近に上陸するまでを扱っています。この進軍は、神話では平穏無事な旅として描かれており、この交声曲(カンタータ)も、概ね日本建国に向けての平和で晴れ晴れしい船旅の叙事詩となっています。

信時潔は、日本人の伝統的音感、日本語の韻律との調和を追求した作曲家で、自らの音楽について、次のように語っています。
「音楽は野の花の如く、衣装をまとわずに、自然に、素直に、偽りのないことが中心となり、しかも健康を保たなければならない。たとえその外形がいかに単純素朴であっても、音楽に心が開いているものであれば、誰の心にもいやみなく触れることができるものである」

『今の時代の礎を築いてこられた先人たちに敬意を表し、次の時代へと繋げていきたい。』
マエストロ岩城宏之氏の訃報を聞き、その思いをかみしめております。心よりご冥福をお祈り致します。


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by dirigent-yuichi | 2006-06-14 20:01 | 気になる曲
魔笛
18世紀の作曲家、Mozartの最晩年のジングシュピール「魔笛」は、彼が亡くなる1791年、35歳の時の作品です。この物語の内容は、フリーメーソンの思想が多分に盛り込まれているものです。オープニングから鳴り響く連続した三回の和音。フリーメーソンの参入儀礼の際に目隠しをされて呼ばれるときの「三度のノック」ならびに、参入のための「3つの試練」が表現されていると言われています。
当時のオペラハウスというのは、社交目的の場であり、また、開演のブザーなどは存在しなかったため、オーケストラや指揮者が入ってきても客席に観客が集まっていないというのは珍しいことではありませんでした。そのため、最初に演奏される序曲の冒頭は強奏で演奏され、その演奏により客が会場に集まり、序曲が終わる頃、つまり幕が開くころには聴衆が席に着くというのが一般的だったそうです。このことを考慮すると、この「魔笛」の序曲のオープニングに三回鳴り響く和音は、「ロビーでくつろいでいる客を呼ぶ」という意味で、前述した「参入儀礼への呼び出し」と結びついていると考えられるでしょう。
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by dirigent-yuichi | 2005-05-24 20:02 | 気になる曲